強固で個性的な家を建てる-大阪府吹田市にあるアトリエ系ハウスメーカー【MJ HOUSE】

 


デザイナーズ住宅/注文住宅設計・施工/分譲住宅・企画・設計・施工|大阪府、吹田

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アトリエ系ハウスメーカー MJ HOUSE
1人1人が、サラリーマンではなく、オーナー感覚・プロ意識を持った人材の育成をする。

夢を実現させた幸せな成功者としての見本になる。

生活の安定の場の提供と人間力向上や仕事の能力の向上の為の場の提供。

夢を見れる、夢を実現できる会社にする。

安定を望むものには安定を、成功を望むものには成功を手に入れることの出来る会社にする。

生活のために仕事をするのではなく、仕事を通じてやりがいや生きがい、
人間力の向上・能力の向上する為に働く。

昭和45年 1月 16日(O型)   男3兄弟(次男)   鹿児島県鹿児島市にて生誕
     父親は公務員で、母親はパート(スーパーの肉売り場)のごく普通の家庭で育つ。
(18歳)昭和63年 3月  鹿児島県立鹿児島工業高等学校 電気科 卒業
(18歳)昭和63年 4月 �潟jチレイ入社
(20歳)平成 2年 3月 �潟jチレイ退職 その後、天職を求めて職を転々と自営も
(28歳)平成10年 5月 不動産業界に
(29歳)平成11年 3月 独立 共同経営するも経営感の違いで決別
(30歳)平成12年 2月 設立
(30歳)平成12年 5月 営業開始
・将来はアントニオ猪木に憧れてプロレスラーになる!と決め小学4年から中学3年まで空手の修練に精を出す。
(本気で俺は世界最強になる!と思ってました)
・中学時代から新聞配達をして、こずかいを稼ぎ背を伸ばす薬やバーベルにお金をつぎ込む。
・この頃の夢は、「男の中の男になる!」「肝っ玉の太い男になる!」(お金持ちになりたい、とか社長になりたいとかではありませんでした)愛読書は「硬派銀次郎」「朝太郎伝」で普通の男にはなりたくない!男を磨くんだ!と常に考えている、 今思えばちょっと変わった子供でした。
・いつ成長期がくるのか?と(廻りで1年で10cm身長が伸びた友人達を見ながら) 楽しみにしていたが、どうやら僕には成長期がこないまま・・・それで世界最強はあきらめて・・・。

・今度は、社長になろう!大成功しよう!という野望に変わりいきなり社長にはなれないので、まずは1年でやめるけど(今考えるとものすごく失礼な奴だ)会社に入って会社というのはどういうところなのか見てみようということで某一部上場企業に入社!鹿児島の田舎から花の都「大東京」にバッグ1つで出て行くことになる。(ちょうどその頃、長渕 剛の「とんぼ」が流行していたので、オー俺、長渕剛みたい じゃん!)

・20歳から、将来何をやりたいか、わからず日雇い労働者、魚屋解体屋、浄水器販売の飛び込み営業、電飾看板の代理店、ラーメン屋、ビデオ屋経営、多分30種類以上の職種を経験し、小さな商売を始めては潰し、その借金返済の為また24時間働き20歳から28歳までは、好きな仕事ではなく、稼げる仕事をしていました。基本的に仕事は良くできました(すぐ商売を始めてもうまくいき月収100万〜200万は稼げたのですが、好きな仕事ではない為にお金が入ると人間考えるんですね!こんな好きな仕事じゃないなら、肉体労働のほうがマシだ!と でも肉体労働ではいくら頑張って朝・晩働いても月収50〜60万が限界!しかも、寝不足なので思考能力が低下してきてロボットのようにはたらいてましたね〜。
そうなると又何かいい商売なかな〜?
おもしろくて、人に喜んでもらえて、一生やれる仕事って・・・・・・・・・!!! 口癖は「今はこんなだけど、俺はBIGになってやる!」

・この頃、尾崎豊の「シェリー」の歌詞の
  シェリー、俺は転がり続けてこんな所にたどりついた〜
  シェリー、俺はあせりすぎたのか むやみに何もかも捨てちまったけれど〜
  シェリー、あの頃は夢だった〜夢のために生きてきた俺だけど
  シェリー、お前の言うとおり金か夢かわからない暮らしさ・・・・・・・・・・・続
をいつも口ずさみ、早くやりたいことを見つけたい!と思ってモンモンとしてたな〜

・28歳の時、建築屋の親方を小さいながらも経営していた時(下請けの下請けいわゆる 孫受け)元請けの会社が仕事を取れなくり、ああ〜又、仕事変えなきゃな〜 と考えていたところ、もともと家が好きで、不動産に興味があったのもあって(不動産を覚えよう!1年で独立しよう!)と不動産屋の門を叩くのでした。このとき、お金は底をつき、同棲していた彼女(今の家内)に初めてお願いしました!
3ヶ月だけ俺を食わしてくれ!(就職先の不動産屋さんの給料が完全歩合だった為)3ヶ月で芽が出なければ、もう夢は見ないから!
もう28歳、田舎の両親から普通でいいから!もう普通に勤めてくれ!と責められて、彼女の両親は(もう別れなさい!)
もう、最後の賭けでした!
不動産屋の面接に行くのに、彼女のCD(たしかマライヤキャリー他20枚)をBOOK OFFにこっそり売りにいき5000円を手にして交通費にしたな〜
今だに、「私のCD返してよ!」(奥さん)言われます。(笑い)

・小さな仲介専門の不動産屋にフルコミ(いわゆる完全歩合)で勤めることに。ここがまた厳しいところで営業には自信があっただけに、毎日ボロカス、糞みそに言われてプライドずたずた!このおっさん(社長)いつか見返したら〜!!暑い夏でした、ガソリン代がもったいないので車のクーラーはかけず、窓を全開にして走り回り、物件を覚えて。営業の先輩が「飯でも行こうや!」と誘われれば「僕、別なもんが食いたいのでいいですわ〜」で家で自分で作ってきたおにぎりと水筒に入れてきたお茶を車の中でこっそり食べて!

・売れません!2ヶ月 契約なしです。もう、後がない僕はあせります。でも、よく考えれば当たり前なのですが、新人に新しいお客様を回してもらえる筈もなく、3年前位お客様ファイルを渡されて、「このお客を呼び出して契約できれば新しい客を廻したるわ!」もう、何十人と使い回されてきたお客様ファイル!真っ黒!(お客様の名前の横に、もう買えない人、他決(他の業者さんで買った)、ローンが通らない客、)根こそぎ電話を掛けまくりました。
「また、あんたとこかいな!もうかけてこんといて〜!ガチャ」
「もう、家なんか探してないねん!ガチャ」
「自己破産してるけど!家かえるんか!」
「おまえんとこしつこいねん!こんどかけてきたら、ブチ殺すど〜」
そんな中から、ようやくポツリ、ポツリと物件の案内に出てきてくれるお客様が2〜3人!
でも、売れません!何故なら、先輩から嘘を教えられていたのです。
「假屋君!家というのは、大きな買い物や!だから、営業マンが僕知りません!では家は買ってくれへん。知ったかぶるんや!知らんことでも適当に知った顔しろ!」と先輩の教えを忠実に守っていた僕が、売れるわけありません!
絶体絶命〜!

・売れました!
入社3ヶ月目、どうやら知ったかぶっとったら売れへんぞ!
もし、俺がお客様だったら「知らんことは、知らん!」と正直に言ってくれる営業まんの方が信用できる。
知らんことは知らん!悪い物件は悪い!良い物件はいい!正直にいこうと思った瞬間から売れ始めました。気がつくと入社4ヶ月で主任!部下が5人。いつのまにか、部下の面倒まで見させられ、トップ営業マンへ!
不動産って面白い!家っておもしろい!
今まで人が欲しいものを売ったことがなかったので、不動産ってチラシ見て、不動産(家)が欲しいお客様を接客すればいいんだから!営業中の美容室にいきなり入っていって「この電飾看板は〜・・・・」とあっけにとられた美容師さんにマシンガントークしなくてもいいのですから・・・。
欲しい人に、欲しい物件を売る!こんな簡単な商売はない!本気でそう思いました! 

・1年で独立するつもりが結局8ヶ月で独立することに!
不動産は天職や!いままでず〜とやりたい仕事!好きな仕事!を探し求めていたので不動産に出会ってから目の前の霧がパーと晴れたとは、このことか〜!気が早い(想いたったら即実行)僕なので、何千万お金が貯まったから独立!ではなく、店舗を借りる資金と改装代、宅建業の免許をおろす資金だけで独立したものですから、たしかに店はできました!
が!!!!
店だけ!だったのです。
机もない。電話もない。FAXもない。そして・・・・お金も、もうスッカラカン!
とりあえずサラ金で10万円融資を受け、リサイクルSHOP廻りが始まりました。机1こ2000円、電話機1台1000円、FA1台19800円 イス1個500円。
ようやく、ここから スタート です。またもや、絶対絶命!
いきなり、今月売り上げがなければ、即廃業!(頭のいい皆さんは絶対真似しないように!キッチリ半年分位の運転資金を持って独立してください)ホームセンター コーナンでコピー用紙を大量に買い込み車に積み、知り合いの不動産屋に印刷機を借りてチラシを刷ってポスティング攻撃!「反響こい、反響こい」、と呪文を唱えながらチラシ撒き!
来ました!反響の電話。早速案内して気に入ってもらい即契約!無事仲介手数料約80万円程を手にいれ命拾いをしました。そこから、快進撃が始まりました!

名前の由来
・独立して会社名を考えるときに、サンライズホームやスターエステート等のかっこいい横文字にしようか?
鹿児島出身なので西郷ドン住宅!金太郎住宅!等の候補が最終残ったのですが、子供からお年寄りまで覚えてもらいやすい名前と何かキャラクターが欲しいと思っていたので、「日本一の桃太郎」に決定しました。
不動産業界は、老舗で20年、30年と地元で続いている業者さんがやっぱり強いのでその中にポット出で地元でもない(知り合いも殆どいない)僕が、切り込んでいく訳なので、インパクト重視そして、不動産屋というとどうしても、怪しい、怖い、騙されるんじゃないか!というイメージがあると思うので(実際僕も不動産業界に入るまでは、そういうイメージを持ってはいりました)少しでも、相談しやすい、親しみやすい、安心感があるというイメージにしたいというのがありました。だから、桃太郎は不動産業界の癒し系のイメージで人材採用もしましたので、見た目不動産屋的な人(不動産屋なのに)は、いないのです。

・2000年に独立してから資金ほとんど0から始めて、頑張ってきましたが、開業から1年の間に2回、下請けの工務店に飛ばれています。(倒産、夜逃げ)僕は、フラフラです。人が良くて、腕が良くても、商売が上手くなければ良い工務店とはいえません。そう、絶対につぶれたらいけない商売が工務店なのです。
小さくて、小回りが利いて、追加工事もいいよ、いいよと気前のいいおっちゃんだったのですが商売が下手だったので潰れていまい、桃太郎が売主だったので既に支払い済みの1300万円の工事を他の工務店に頼んでまた1300万円払って、お客様のお家を完成させたこともあります。
(教訓) いい人といい工務店は違う!会社の体力(資金力)も大事!
今度は、いくら人が良くて、腕が良くても資金力のないところは、危険だ!大手に頼もうと、自社建売事業の建築工事を大手の工務店に下請けに出すことにしました。
さて、
クレームの嵐でした・・・・・。
何故、大きい工務店は売り上げ至上主義だからです。
1人の監督に同時に15件〜20件の現場を平気で見させていたのです。
建築現場に顔を出して、大工さんに「監督さんは?」と聞くと「監督さんは、殆ど現場には来ないよ〜」と。そうです、監督とは名ばかりで実際は職人任せで、変更、追加があっても現場に反映されないことがものすごく多くて、お客様から怒られてばかり!
しかも、せっかく一生の中で一番大きな買い物なので、出来るだけ希望を聞いてあげようと、僕がすればするだけ変更、追加が発生し、それが現場に反映されずに、怒られる。すると、怒りを納めるために値引きする、もうからない。
しかも、「建売だから変更はできないよ〜」と工務店。
そうです、建売の下請け工務店は企画物件ばかり建てているので、注文建築が建てられないところが、実は多いのです。
あれは出来ない、これは出来ない!変わった事、こだわりの無垢材を使いたいと言ってもやったことがない!!!!
いつの間にか、希望の部材とは違う部材を勝手につけて「このほうがいいよ〜」です。また、クレームです。
アフターはアフターで、お客様からクレームがきても、なかなか行ってくれない!
お客様   ***「もう1ヶ月前に頼んだのに、全然来てくれないじゃない!どうなってんの!(怒り)」

お客様からのクレームです。
僕      ***「○○工務店さん、頼んでおいたアフターサービス行ってないの!(怒り)
○○工務店***「手が空いたら、行こうとおもってたから・・・」
僕      ***「何言ってんじゃーすぐ行ってよ〜」
○○工務店***「無理だよ!手が空いたらて言ってるやんけ〜(怒り) ガチャン」
僕      ***「お客さま申し訳ありません!すぐ手配しますので!」
結局、建てた工務店ではなく別な工務店に費用を払って手直しをしてもらうはめに・・・。

(教訓)工務店は大きければいいものではない、会社の姿勢を確認しろ(利益優先なのか?顧客満足優先なのか?)

どうすれば、いいんだ!・・・・・・・・・いい工務店がないなら自分の会社で建てればいいんだ!!!

自社施工部隊誕生!
会社設立から2年目、自社施工が始まりました。
材料選びから始まり、床下に炭を敷き詰めようか?基礎と土台に液状の炭を塗ったら良いらしいぜ!桃太郎住宅の商品が完成しました。お客様からは、評判はいいです、床材もこだわり無垢材を使ったり、建築デザイナーを頼んだり!
アトリエ系ハウスメーカーの原型が出来上がってきました。

またまた、問題勃発! 建築代が高い!
良いものを使いさえすれば、お客様が喜んでくれれば!なんでもいいよ〜!
そうです、原価管理が全然できていなかったのです。どんぶり勘定のどんぶり経営。
もちろん、いい材料を使い、いいデザイナーを使い、お客様は喜んでるし、物件は売れるし、売り上げは上がっているけどお金が残らない!
自社の監督に、工事前に実行予算を提出させ、メーカーと交渉していいものを安く入るよう努力をし1年かかって利益が上がるようになってきました。よし、やっとここから・・・・・・・

またまた、問題勃発! 外注の建築デザイナーの暴走!
設計部門を外注の建築デザイナーに頼んでいたのですが、デザインはもちろんいいのですが、構造的にわかっていないデザイナーが多いのです。4〜5人使ってましたが、皆、お客様が希望しているというより、自分がやりたい様に提案をしていたのです。
建築デザイナーというのは実は、あまり建築の数を建てている人も少なく、値段もわかっていなくて、お客様ともめることも多いのです。(※もちろん、いい建築デザイナーも少なくないのでしょうが・・・)しかも、外部の人間なので引き渡した後は知らん顔。これでは、イカン!設計も自分の会社の人間でやろう!
営業、監督、設計、いつも同じ大工さん、電気屋さん、塗装屋さん、皆で団結してチームを組んで、いいデザイン、設計の家を、いい材料を使い、いい職人さんで、キッチリ監督し、満足いくアフターサービスをし、お客様の家と家族を守っていこう!

(教訓)建築デザイナーは危険がいっぱい!構造・コスト・デザインのことがバランスよくわかっている設計は意外と少ない!
デザイナーは、暴走する可能性 大!

自社設計・自社施工・自社アフターのアトリエ系ハウスメーカー誕生!!!

2006年 まだまだ、設立から6年の社歴の浅い会社ですが、家が好きで、人が好き、お客様の喜ぶ顔が大好きないいSTAFFが集まりました。いい仕事をしていい家を提供していくことは、もちろんですが、工務店というのは絶対に潰してはいけない業種だと思っています。
質の高い家作り、お客様の参加できる家作り、をモットーにしている為、あまりたくさんの仕事をお請けすることができないので、家にこだわりがなく、「安ければいいや!」というお客様には申し訳ありませんお断りさせていただいています。(安いだけなら、他の工務店さん、ローコスト住宅メーカーさんに頼んでください)
いい家を建てたい、こだわりのある家作りをしたい、桃太郎さんに頼みたいんだけど・・・・・
というお客様には、予算のある・なしにかかわらず、全力で対応させて頂きたいと思っていますので宜しくお願いします。(放漫な会社だな〜という誤解は覚悟の上で、真剣なお客様に全力で対応させていただく為に勘弁して下さい)

※いい家を建てるには、基本的には、自社設計・自社施工・いつも同じ職人さんのチームの団結力が不可欠であると
考えます
 
※悲しいことですが、いい家を建ててお客様に喜んでもらいたいという工務店は非常に少ないのが現状です。
いい家を買おう!又はいい家を建てよう!とお考えの方へ絶対に失敗しない家造り・家選びをレポートにまとめました。
建築・不動産業界の極秘情報、裏話が書いてあります。

是非、無料で提供しますので資料請求してください!良い家作りのパートナーと出会える事を祈っています。

 
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